季刊まちりょくvol.16
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8⇒P.10に続く タウトは日記にしばしば子どもの姿を記しています。それも、「どの村でも大勢の子供たちを見かけるが、たいてい静かな物判りのよい眼差をしているのは驚くべきことだ」「日本は子供の天国で、子供にはあらゆる自由が許されている。しかし小さい人達も、ひどく子供っぽい振舞をするようなことはない」と、日本の子どもの特性を強調しています。子どもたちが色とりどりのキモノを着て遊んでいる様子を見るのが楽しみだとも記し、そのような子どもたちを撮影した写真も残されています(『タウトが撮ったニッポン』(P.17参照)に掲載されています)。世界的建築家は子ども好きだったのかもしれません。 真冬の2月11日、タウトは仙台市北部(現・泉区)を訪ねています。「生い茂った竹藪、藁葺屋根の家は可憐なほど簡素でかつ美しい、ドイツのすぐれた農民家屋に似たものをしばしば見かけた。(中略)この村のたたずまいは、実に驚嘆に値する」とした七北田村を経て、山の寺洞雲寺に向かったタウト。当時の洞雲寺は複数のお堂が建つ大きなお寺で、タウトはまず山門を「見事な釣合だ(中略)伊勢神宮と桂離宮とを一緒にしたような気味が無いでもない」、本堂に至っては「この見事な建物が雪の中に立っているのだ。(中略)初めてこれを見る人はその美しさに泣かんばかりの気持になるだろう」と最大級の賛辞を贈っています。雪の中、思わぬ美との出合いをしたタウトの興奮が伝わってくるようです。しかし残念ながら、タウトが見たこれらの建物は1943(昭和18)年に火災で焼失してしまいました。タウトが「見事な釣合」と讃えた洞雲寺の山門。写真は昭和初め頃。(写真提供/仙台市歴史民俗資料館)仙台の婦人のキモノは東京や京都より色が強い 7月12日(土)、前日までの雨が上がり30℃を超す晴天のなか、タウトの日記に記された場所をめぐるまち歩きを実施しました。フリーライターの西にしおおたちめしょうこ大立目祥子さんと東北工業大学大学院生の尾おがた形章あきらさんの案内で、仙台市宮城野区の榴岡公園から若林区の陸奥国分寺薬師堂までを散策しました。 西大立目さんの解説を聞きながら、タウトが見た風景はどんなだっただろうと思いをはせたり、その健脚ぶりや観察眼に感心したり、仙台にこんなところがあったのか! と驚いたり……。充実の3時間でした。七ななきた北田村、山の寺洞どううんじ雲寺―モノと暮らす―まち歩きイベント「タウトが歩いた道を歩く(宮城野編)」を開催しました。レポート タウトは子ども好き?ナビゲーターの西大立目祥子さんの説明に熱心に耳を傾ける参加者約20人の市民の方々が参加しました番外編その2タウトのひとこと in 仙台

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