季刊まちりょくvol.16
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13□タウトと自分がつながる感覚 昨年1月に開催された「工芸Designの原点」の展示にかかわったとき、タウトの日記を読んですごくおもしろいと思いました。今私たちが生活している仙台のまちをタウトも歩いて、何かを感じとったり考えたりしているのがダイレクトに響いてきたんです。 私はまち歩きを続けるなかで、「自分が場所を介して誰かとつながっている感覚」を感じてきました。例えば、七郷堀は今はコンクリートで護岸されているけれど、流れとしては江戸時代からそう変わってはいない。そこを歩くと、夏にたっぷり水が流れているのを江戸時代の誰かも見ただろうとか、広瀬川でも、いろんな人がほとりを歩いて水や空を眺めたり、橋を渡ったりしたんだろうとか。辛いことも嬉しいこともかかえてこのまちに生きて死んでいった人に思いが至り、自分もそのひとりだという感覚が生まれてきたんですね。家族がいても友人がいても人はひとりで自分の生をかかえて生きるのだと思うけれど、それはこの心細さを幾分かやわらげてくれるものと言えるかもしれません。 それと同じく、あのブルーノ・タウトもこの都市空間にいて野原を歩いたり風を感じたり、昼休みに農家の人と話をしたり薬師堂まで散歩をしたりしていた。薬師堂がいい例ですが、タウトが仁王門の前に大きな草わらじ鞋が下がっているのを見たのと同じように、今も草鞋があるんですよね。ああいうのを見ると、「タウトの目がそこに残っている」という感じがします。そういったことが、タウトと自分を近づけてくれると思いました。 それでこれはタウトの日記でまち歩きができるなと思い、担当の方に話をしたらやってみましょうかということになり、7月にまち歩きを実施しました。 □今必要なタウトの視点 タウトが来た1933(昭和8)年の仙台は、けっこうモダンな都市だったと思います。タウトはバス通勤していますが、まちにバスが走って市電や仙石線・仙山線が開通して、国の出先機関ができ都市の基盤が整い、図書館や陳列所など洋風の建築が建タウトブルーノ・の目まちに残された西にしおおたちめ大立目 祥しょうこ子さん(フリーライター)――タウトの日記に思う

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