季刊まちりょくvol.16
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171880年 5月、東プロイセンのケーニヒスベルク(現・ロシア連邦カリーニングラード)で生まれる。1897年~1908年 専門学校や大学で学びながら建築の実務に携わる。1909年 ベルリンでタウト・ウント・ホフマン建築事務所を設立。アパート、事務所、レストラン、映画館等の建築を手がける。1921年 ドイツ・マクデブルク市の建築部長となる。1930年 ベルリンのシャルロッテンブルク工業大学(現・ベルリン工科大学)の教授となる。1932年 4月、モスクワで建築設計に携わる(~33年2月)。1933年 3月、ナチス政権を逃れベルリンを出発。欧州数か国を経てソ連に入国。モスクワからシベリア鉄道でウラジオストクへ。天草丸に乗船し、5月3日、福井県敦賀港に入港。11月、仙台の工芸指導所に勤務(~34年3月)。1934年 5月、著書『ニッポン ヨーロッパ人の眼で見た』出版。7月、群馬県高崎に移り、工芸品の設計と製作の指導に携わる(~36年10月)。1935年 5月、北陸、東北を旅行。10月、『日本文化私観』出版。麻布大倉邸、熱海日向別邸を設計。1936年 2月、秋田を旅行。10月、日本を発ちトルコへ向かう。国立芸術大学の教授を務めるかたわら、多くの建築を手がける。1938年 12月、イスタンブールで死去(58歳)。<主要参考文献>ブルーノ・タウト著 篠田英雄訳『日本の家屋と生活』 岩波書店 1967年ブルーノ・タウト著 篠田英雄訳『建築芸術論』 岩波書店 1970年 ブルーノ・タウト著 篠田英雄訳『日本 タウトの日記』1933年・1934年 岩波書店 1975年ブルーノ・タウト著 篠田英雄訳『日本美の再発見』[増補改訂版] 岩波新書 1988年ブルーノ・タウト著 森 郎訳『日本文化私観』 講談社学術文庫 1992年ブルーノ・タウト著 篠田英雄訳『ニッポン ―ヨーロッパ人の眼で観た― 』[新版]          春秋社 2008年井上章一著 『つくられた桂離宮神話』 講談社学術文庫 1997年酒井道夫・沢良子編 『タウトが撮ったニッポン』 武蔵野美術大学出版局 2007年田中辰明著 『ブルーノ・タウト 日本美を再発見した建築家』 中公新書 2012年『ブルーノ・タウトの工芸 ニッポンに遺したデザイン』 LIXIL出版 2013年『仙台市史』 特別編3 美術工芸 仙台市 1996年『仙臺文化』 創刊号、第3号 『仙臺文化』編集室 2005年、2006年企画展図録『なつかし仙台 3』 仙台市教育委員会・仙台市歴史民俗資料館 2013年「工芸Designの原点 仙台発・国立工藝指導所をめぐる物語」 パンフレット 仙台市市民文化事業団 2013年ブルーノ・タウト 略年譜

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