季刊まちりょくvol.16
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6 タウトは休日や仕事の休憩時間に仙台のまちを歩き、そこで見たもの、感じたことなどを日記にしるしています。異文化への飽くなき関心と独特の審美眼を通して見た80年前の仙台は、どのようなものだったのでしょうか? その一部をたどってみましょう。※引用(太字部分)はすべて篠田英雄訳『日本 タウトの日記』1933年・1934年(岩波書店、1975年)に拠りました。 タウトが滞在した仙台駅前のホテル。現在の仙台ロフトのあたりにありました。 タウトの部屋はこのホテルで一番大きな10畳の間。ホテルと称しているものの「万事日本風」で、畳の上に布団を敷いて寝、「朝キモノのままで階段を二つもくだり、洗面所のある湯殿に行かねばならない」のに閉口したようです。しかしホテルの「サーヴィスは上々だ」「実に行き届いたもてなしだ」と絶賛。仙台人の「おもてなし」はタウトを唸らせました。タウトの日記からは、ホテルの主人や従業員がタウトを慕っていた様子も読み取れます。 ちなみに青木ホテルはのち「仙台セントラルホテル」と改称、1975(昭和50)年には移転して「ホテル仙台プラザ」となりました。 来仙して3日目に作並温泉を訪ねたタウト。そこで買ったのが「この地方に昔からあるという人形」。その人形とは作並系のこけしでした。 また、仙台市内見物の途中で堤人形の工房に立ち寄り、女狐、鳩、馬、鐘、力士の谷風(江戸時代に活躍した仙台出身の横綱)などが詰まっている箱をお買い上げ。「非常に美しい型の人形で頗る多彩である、しかも驚くほど廉い」と気に入り、谷風の人形をドイツの友人に贈ったりもしています。昭和初め頃、青木ホテルの七夕飾り。残念ながらタウトは七夕の前に仙台を去ってしまいましたが、目にしていたらどんな感想を残したでしょうか?(写真提供/仙台市歴史民俗資料館)寄せ鍋は実に珍味だ(作並で)私も湯治をしてみたくなった青木ホテルタウトが買った仙台みやげ番外編その1タウトブルーノ・が見た仙台タウトのひとこと in 仙台タウトのひとこと in 仙台

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